パンダの旅 2010

パンダの旅を綴ります

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越えられない壁

昨日、街中コンサート2日目 
家から会場のアリオスで木内さんと会って
彼の第一声で打ちのめされた
避難所で知り合った「おじいさん」が亡くなっていたと・・・

そのおじいさんとは、4月17日にうちの近所の避難所で知り合いました
木内さんが当時いわきでは、まだなかなか手に入らないお菓子を
全国の有志の方々から集めて届けてくれた日のことです
http://pandanotabi.blog89.fc2.com/blog-entry-147.html

その日に家から近い公民館の避難所で落ち合いました
避難してる子供たちに僕はパンダ姿でお菓子を配り
いつもどおりチェキ(インスタントカメラ)で写真を撮って 一緒に現像できるのドキドキしながら待って
現像できたら余白部分にポスカで名前書いたり、落書きしたりしてキャッキャしながら
写真をプレゼントして回ってました

その横で木内さんは、そのおじいちゃんと喋ってました
避難所は、冷たい床の上にダンボールを引いただけ 
そこに毛布でくるまってる状態 

僕は子供たちから離れて 木内さんの方へ近ずいておじいちゃんに「こんにちわー」とあいさつすると
いきなり怒鳴られた 「カメラで撮るんじゃねー」と
手にもっていた大型のビデオカメラを見てTV局と思ったらしい 

おじいちゃんは鈴木さんと言います 

鈴木さんは原発20Km圏内の ある町から強制避難させられ いわきへ避難してきました
地元では一人で酒屋さんを経営していてたそうです 

まるで江戸ッ子の頑固オヤジのような口調で
とにかくTVなどで今の姿を映されたくないと僕に言い放ってきました
僕は、オロオロしてしまった

そこで木内さんが、僕のことを説明してくれた
TV報道関係者ではないこと
地元の現状を伝えるためにカメラで撮ってることなど

そしてチェキの写真なら欲しいから 撮ってもいいとOKサインがでた
木内さんと鈴木さんとのツーショットで
2枚撮影して お互いに一枚ずつ持ってもらった
なんだかすげー喜んでくれたのが嬉しかった
そんな出会いでした


その後、鈴木さんは避難所からほど近い大きい総合病院に入院した
避難所で寝たきりになって体調を崩してしまったのだ
身内は甥っ子さんor姪っ子さんが郡山の方にいるそうだが
離れてるからなかなかこれないらしい

その頃には、鈴木さんとの心も通じていて
下の名前で呼べるようになっていた 
鈴木さんは「たまには来てくれよ」とちょっと寂しそうに言ってきた
それからは、回るルートにそこも入れて
たまにではあるが会いに行って

腕時計の針が止まってたので電池交換したり
昔東京住んでいて、スカイツリー見てみたいと
木内さんと「来年の春になったらスカイツリー見に行こう」って約束して それを楽しみにしてたから
東京に行った時に撮ったスカイツリーの写真を病室に貼ったり
避難して来たときに乗ってきた軽ライトバンしばらく乗ってないからバッテリー上がってるの心配だからって
「家に帰るときに運転していくんだ」って寝たきりのくせに強がってみせて
キー借りて避難所の駐車場でエンジンかけて充電してみたり
ごはんちっとも食べないから 
俺「もっと食べないと元気でねーよ 何か食いてーの無いのげ?」
鈴「さしみ食いてーな」
俺「刺し身は、何好きなの?」
鈴「何でもいいんだけどよ~ 」
俺「んじゃ マグロだね  ちょっくらマルトでマグロ買ってくっかんね!!」  
鈴「しょーゆ!! ねーからよー 醤油も買ってきてぇ~  余したら ズケにして明日も食うから 」
ほとんど食べれなかったけど・・・
なんて感じで 親戚みたいに少し感じた



その頃は、僕も行動範囲を少しずつ広げて
いわきを出ることも多くなって
行く回数は減ってしまって・・・

しばらくぶりに行くと 病室に居なくて
病院が変わったと そこから車で30分ほどの病院に転院
ベッド数が足りないから 回復を待つ患者は移動させてるみたい 

新しい病院へ行くとそこそこ元気
「病院かわっちまってよ~」
「だったら 連絡してよ~ 携帯おしえたでしょ 時計の電池交換の時は電話して来たのに なんかあったかとびっくりしたでしょー」
でも、前の病院では自力でなんとかトイレにいけたけど
いまは、立てなくなってて
「リハビリはしてんだ~」
「筋肉落ちちゃってるから いっぱい食ってベットでも足動かしたりしないとね」
そんな”ありきたり”な返答しかできませんでした


末期だろうと思える方ばかりの部屋に移されていて 
かろうじて僕のことが分かるくらいで 何だかボーっとして、ろれつも回ってなくて
会話にならなかった  薬の影響でボーとしてるのかもしんないけど
僕は、これは何か症状が悪化してると思い込んで
ヘルパーさん~看護師さん~医師へと どんな状態なのか聞いて回ったけど

身内でないと何も教えられない
知り合ったいきさつとか、あんまし頼る人いないみたいだしとか説明したけど
ダメだって
個人情報保護とか厳しくなってるから 病院の言い分も分かるんだけど
こういう時だから・・・と思いました   

「甥っ子さんとは連絡とってますから」と病院側言ってる 
「んじゃ、その甥っ子さんの連絡先教えてもらえますか」
「それは出来かねます」
「では、僕の連絡先を伝えてもらえますか」
「一応、預かっておきます」
「もし、症状で何かあったら連絡してください」 と言って帰りました


それからも連絡はなく
この”身内じゃない”壁は乗り越えれねーなと 思ってしまいました

昔から「遠くの親戚より近くの他人」という
”そっけない親戚よりも 親身になってくれる他人の方が大事”というので
いままでいろいろと他人様に助けられてきて なんとか生きてきました 
なんだか、その考えやっぱ間違ってるのかなと思えてきて
「身内がなんとかするだろう」と考えて
最後に行ったのは9月8日 
それからは行けてなかったです
それは、きっと僕の中で めんどくさいことからの逃げなのでしょうね 

鈴木さんは、10月2日に亡くなられたそうです
10月16日に亡くなられたと知ったから
丁度、知り合って6ヵ月間は僕のなかでは生きていたのか
76年の生涯を ふるさとで終えれなかったのは残念です

ほとんど何もしてやれなかった無力な自分です
でも、不思議と後悔とかは無いです
やっぱり他人だったからなのか そういう別れに慣れすぎてしまったのか 

僕のブログはブレが多くて 書くべきことを書かないでいることが多くて
スコップ団にしてもボランティアにしても核心を書かなくて
ちょろっと「参加しました~」って書くくらい
これを書くと「良いかっこしいと思われんのやだ」と自分の功績とかその辺を讃えられないという卑屈な性格
別に、おれはイイですって感じで 隠れようとする陰気な男です
「震災をダシに使ってる」と思われると考えたり お涙頂戴的なこと書けなくて 
はぐらかして ふざけたこと笑えること明るくなれることしか書けませんでした
友人からも指摘を受けてました

でも、今回これを書いたのは薄らいできている震災のこと 
震災や原発問題で避難して 孤独に亡くなられた方が沢山いる
報道ではあまりクローズアップされてないことで
避難して 生活基盤をなくして 体が弱っていくお年寄りが居るってことを知ってもらいたかったからです
これもれっきとした被害ではないのか

そして、まだまだ震災と向き合って頑張っている仲間がいるから
書いてUPしてみました

宮城に手伝いに行ったり 埼玉、東京に戻って 「いわきから来ました」と言うと よく言われることが
福島は、東電からの保証があるだろ という意見もあります
地域の認識の違いや差がありまして
宮城だけでなく、全国の皆さんが思っていほど 福島県民全体が保証されるなんて無いし
原発近辺の一部の地域のみです
ほとんどの県民には何もありません ご丁寧に風評を頂いただけでございます
保証だって何か煩わしい手続きあって 
老人の方 手続きなんてできなくて泣き寝入りでしょう  

保証もないまま 故郷を追われて さみしく亡くなっちゃったんだからいたたまれません
僕は、東電の対応は腹だたしいが 脱原発派でもなく 電気の無い生活は考えられません
ですが、こういうのを目の当たりにすると やはり怠慢経営は許せないよね
そんなこと、僕一人が言っても・・・なんでしょうね 
きっと
でも、確実に鈴木さんは震災、原発問題で避難がなかったら 
いまでも元気に酒を配達していたに違いないと思う

ひっそりと亡くなられた 鈴木さんの人生の76年間
いろいろあったことでしょう 
もっと話を聞いておけば良かったな
戦争や商売のことや子供の頃の生きていたという証をね

世界の人口 1/69億人 のうちの 一人の出来事だけど

このブロクを見てくれてる人だけにでも
このおじいちゃんのことを思ってもらえれば、ご供養になるかとおもいます


そして、見せるからねと約束して 見せれなかったじゃんがら
http://www.youtube.com/watch?v=I0OMpy6Y9a4
天国で見てください
来年はあなたのために唄い踊ります


鈴木さんのご冥福を祈ります













関連記事

コメント

鈴木さん。

鈴木さんは、パンダさんとの時間を
パンダさんも、鈴木さんとの時間を
大切にされてたと思います。

鈴木さんのご冥福をお祈りいたします。

ますえさんへ Re: 鈴木さん。

祈ってくれてありがとうございます
 

書いてくれてありがとうございます。色々葛藤があったことと思います。自分の気持ちを素直に書ける勇気に敬服します。

あかねさんへ

読んでくれてありがとうございます。
多くの仲間に書く勇気をもらいました。

こうしたコメントからも、勇気もらえてます

コレでいい・・・

コレでいいんじゃないかと、思います。
これからも、心に響くブログ、お願いします。
たまにでいいので・・・

地震、津波、原発、風評被害・・・
いろいろ考えさせられました。

ありがとうございます。

親友 さかっちゃん へ  Re: コレでいい・・・

こちらこそ 
ありがとうございます。

これからも末永くよろしくです。

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このたびの震災で、故郷福島県いわき市に戻りました
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